40周年リレーエッセイ VOL.5(東海・北陸部会)

東海・北陸部会
東海北陸部会の活動と学会の未来に向けて~多文化共生社会を目指して
東海北陸部会は愛知、石川、岐阜、富山、福井、三重の6県の学会員によって構成されている。日本地域福祉学会は40周年を迎えるが、東海北陸部会は1987年の学会創設後1988年には富山県地域福祉研究会が創設されるなど徐々に各県で研究会を組織し、地道に研究会活動を続けてきた。毎年各県ごと、さらに東海北陸全体で、多様な地域福祉実践やそのなかでの悩みなどを共有し、よりよい実践と実践研究を目指した学会活動を展開している。
私自身は本学会創設当初神奈川県社協職員であり、学会の初期に社協職員として大会開催のお手伝いをした記憶がある。当時新自由主義の推進と急速な高齢化のなか、地域福祉、社協などの立ち位置が問われていた。そこで研究者と実践者が共に地域福祉の原点を確認しながらも新しい時代に向けてどう発展させていくのか熱く議論されていた。そのようななか私自身はその後実践の場を離れ、大学院へと進学した。
2000年に神奈川から東海地域に職場を移し、社会的排除のなかでも最も深刻な課題の一つだと考えた外国ルーツの人々の劣悪な生活・労働環境の実態を明らかにするために調査研究を始めた。そして外国ルーツの人々の課題や多文化共生を地域福祉研究・実践に位置付けたいと考えていた。そんな時に本学会の理事として活動する機会を与えて頂いた。東海北陸部会と日本地域福祉学会機関誌編集委員を長年担当してきた。2021年大会では、緊急企画「コロナ禍で地域福祉は」のなかで、外国ルーツの人が多い愛知県で真っ先に深刻な状況に陥った留学生や技能実習生、日系ペルー人などへの支援についての報告があった。さらに2024年には「東海北陸部会in愛知」で「国籍や文化の違いを超えた地域共生のあり方を考える~実践現場からみえてきた課題から~」をテーマに多様な外国ルーツの方々への支援活動が報告され、多文化共生社会の創造につながる実践と研究の今後の展望を議論した。
敗戦後80年を迎えた2025年7月の参議院選挙では、「日本人ファースト」を大きく掲げる政党や「外国人」への規制を強化しようとする公約が多くの政党で掲げられた。排外主義が急速に拡大し、社会が大きく右傾化した。住民自治を基盤とする地域福祉にとって大きな課題が突きつけられている。国籍・言語・文化の違いが差別につながり、福祉制度等からも排除されているなど深刻な課題が拡大しつつある。
ウクライナやガザなど世界各地の終わらない戦争の背景には植民地主義や排外主義がある。偏見・差別は、暴力・ジェノサイドにつながる。地域福祉研究・実践のなかでも在日コリアンや難民、定住者、技能実習生など歴史的社会的に多様な背景をもつトランスナショナルな移民の課題に多くの方々が関心をもち、本学会が多様な人々の尊厳・人権を守り、差異を包摂する寛容な多文化共生社会を創る方向に発展してほしい。
(福)伊賀市社会福祉協議会
(一社)三重県社会福祉士会会長
元三重県地域福祉研究会会長
日本地域福祉学会との40年、そして未来へ
バトンを受け取って
日本地域福祉学会設立40周年のリレーエッセイのバトンを、ありがたく拝受いたしました。このような記念すべき年に執筆の機会を賜り、誠に光栄に存じます。私が地域福祉の現場に飛び込んでからの歩みは、まさに本学会の歴史と重なります。この40年を振り返り、自らの実践と学会との関わり、そして未来への期待を綴ることで、次の方へバトンを繋ぎたいと思います。
私と学会の出会い ―暗中模索の日々と一筋の光―
私が福祉の世界に足を踏み入れた当時、「地域福祉」という言葉はまだ専門家の間でも馴染みが薄く、その実践は手探りの連続でした。目の前には支援を必要とする人々がいる。地域には活用されていない資源が眠っている。それらをどう結びつければ、誰もがその人らしく暮らせる地域を創れるのか。志はあっても、その道筋を示してくれる地図はなく、共に歩む仲間も、道を尋ねる先達も身近にはいませんでした。まさに羅針盤を持たずに大海へ漕ぎ出すような、深い孤独と焦燥の中にいたことを昨日のことのように思い出します。
その暗闇の中に差し込んだ一筋の光が、入職後まもなく発足した本学会の存在でした。地域福祉の旗印のもとに、全国から実践家と研究者が集う場が生まれたのです。すぐに入会し、大会に参加した時の高揚感は今も忘れられません。そこでは、現場で日々感じていた名もなき実践の一つひとつに「理論」という光が当てられ、体系的な知識へと昇華されていました。
本学会の最大の魅力は、地域福祉学が「実践を理論化し、理論を実践で検証する」往還を本質とする、極めて実践的な学問であるという点にあります。そして、その理念は、汗を流す実践家と、冷静な視座で分析する研究者が対等な立場で議論を交わすという、本学会のあり方そのものに体現されていました。現場の肌感覚とアカデミズムの知性が交差するこの場所は、孤独だった私にとって、自らの実践を客観視し、次の一歩を踏み出すための勇気と知恵を与えてくれる、かけがえのない学びの場となったのです。
学会に育てられた実践 ―問いが実践を深化させる―
幸いにも、私はこの学会で幾度か発表の機会をいただきました。初めて壇上に立ったのは1991年度の大会です。利用者本人と地域住民が主体となり、ゼロから小規模な作業所を立ち上げた経験を「住民参加運動としての共同作業所づくり-下意上達型福祉運動の課題-」と題して報告しました。つたない発表でしたが、フロアからの真摯な質問や励ましが、その後の活動の大きな支えとなりました。あの時の小さな作業所が、皆様からのご指導と学会での学びを糧に、現在では5つの施設を運営する法人へと成長できたことは、感慨深いものがあります。
こうした地道な実践の積み重ねと学会での発信が、望外の形で実を結んだのが、2008年度の第5回「地域福祉優秀実践賞」の受賞です 。もちろん、種々ご指導いただいてきた原田正樹先生をはじめ、多くの先生方のお陰ではあるのですが、私たちの法人が進めてきた、どんなニーズも断らない「地域ケアシステム」の構築や、住民参加による地域づくりなどの取り組みが評価されたのです 。自分たちのやってきたことが、この学会に認められたという事実は、役職員はもちろん、関係者一同にとって大きな誇りと励みになりました。この受賞は、現場の実践を温かく見守り、その価値を認めてくれる本学会の懐の深さを象徴する、最も記憶に残る出来事です。
この貴重な経験から、私は法人職員に「自分の仕事を振り返り文書にまとめて、他者の問いに晒される経験をしなさい」と、学会発表を強く勧めています。実践を深化させるこのプロセスこそ、本学会が私たち実践家に与えてくれる最大の贈り物だと信じているからです。
本学会にこれから期待すること
40周年を迎え、本学会には、これからの地域共生社会を創造するエンジンとして、三つの役割を期待したいと思います。
第一に、多様な「実践知のプラットフォーム」としての役割です。全国各地で日々生まれている創造的な実践や、言葉にならないノウハウといった「実践知」を学会が集約・可視化し、誰もがアクセスできる共有財産として体系化していく。そのHUBとなることで、日本の地域福祉全体の質の向上に貢献できるはずです。
第二に、「未来へのアジェンダ設定」機能です。人口減少、少子高齢化、デジタル化の進展、気候変動、複合的な困難を抱える世帯の増加など、地域社会が直面する課題はますます複雑化しています。これらの新たな課題に対し、分野横断的な議論を喚起し、未来志向の政策提言や新たな実践モデルを社会に提示していく、知の拠点としての役割を期待しています。
第三に、「次世代のインキュベーター」としての役割です。若い実践家や研究者が、失敗を恐れずに挑戦的な発表や問題提起を行える、心理的安全性の高い場であり続けてほしいと願います。ベテランと若手が活発に交流し、互いに刺激し合うことで、地域福祉の未来を担う新しい才能がここから数多く育っていくことを確信しています。
バトンを次へ
40年の歴史を礎に、本学会がこれからも地域福祉の道を照らす灯台として輝き続けることを心より祈念しております。私の拙いエッセイが、少しでも未来への一助となれば幸いです。それでは、このバトンを次の方にお渡ししたいと思います。




